キューブリックが『アイズ ワイド シャット』というタイトルを選んだ理由で、まず考えられるのは慣用句の「Eyes wide open」(しっかりと見る)のもじりだという事。それは脚本を共同執筆したフレデリック・ラファエルの著『アイズ ワイド オープン』からも伺えます。 それと同時にこの言葉を聞いてすぐ思い出される格言があります。それは「Keep your eyes wide open before marriage, half shut afterwards.(結婚をする前には、両眼をぱっちり開けてよくみるがよい。しかし、結婚後は片眼を閉じたほうがよさそうだ。)」で、これはアメリカ独立の功労者であり、100ドル札の顔にもなっているベンジャミン・フランクリンのものです。説明するまでもなく「結婚前はよく見て相手を選び、結婚後は多少の不満にも目を瞑りましょう」という意味ですね。この格言を読む限り、そのまま『アイズ…』の内容を説明をしているようでとてもしっくりきます。つまり、キューブリックはこの格言を観客に想起させるために、それを略し『EYES WIDE SHUT』としたのでしょう。 ・・・多分、そういった意味も含まれているとは思います。でもこんな単純な話でもないような気がします。ダブルミーミング、トリプルミーミングが大好きなキューブリックがそんな単純な理由だけでこのタイトルを採用するとは思えません。まず「Eyes wide」だけで「目を見開く」という意味があります。次の「Shut」は「閉じる」ですね。つまりこの文節だけで矛盾する意味を併せて持つトリッキーな表現となっています。無理矢理訳すなら「目を見閉じて」となるでしょう。では何を見て、何を見ていないのでしょうか。 「見ている」のはもちろんこの映画です。ちょっと間の抜けた金持ちのイケメン医者が、美人の奥さんの浮気願望を聞かされて激しく動揺し、「だったら俺も浮気してやる」と夜の街に出かけたはいいがさんざんな目に遭って憔悴しきって妻の元に帰還。妻はそれを許した後「すぐセックスしましょう」と言い放って映画は終わります。とても美しく、思いやりに満ちた夫婦の愛の物語で、ハッピーエンドです。 でもどうでしょう、観賞後にとてもハッピーな気持ちになれたでしょうか?「これから帰って嫁さんと子づくりに励むぞー!!...