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【パロディ】映画版『バービー』の予告編がまるっきり『2001年宇宙の旅』でどう反応して良いのやら(汗

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 まあ同じワーナーですからね・・・としか言いようがないのですが(汗。もうここまでくるとなんでもあり感が漂ってきますが、おそらくそんな作品になるんでしょう。マーゴット・ロビーとライアン・ゴスリングのキャスティングは評判良いみたいなのですが、こういった「子供向けアイテム(おもちゃやゲームなど)の映画化」で成功した例をほとんど聞かないので、さてどうなることやら。管理人はコケる方に一票入れときます。

【関連記事】BFI(英国映画協会)がオールタイムベスト100を発表。『2001年宇宙の旅』が今回は第6位

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2001: A Space Odyssey(IMDb) 1位:『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』(1975) 2位:『めまい』(1958) 3位:『市民ケーン』(1941) 4位:『東京物語』(1953) 5位:『花様年華』(2000) 6位:『2001年宇宙の旅』(1968) 7位:『美しき仕事』(1998) 8位:『マルホランド・ドライブ』(2001) 9位:『これがロシヤだ』(1929) 10位:『雨に唄えば』(1951) (全順位は こちら )  BFI(英国映画協会)が10年に1度発表するオールタイムベスト100で、『2001年宇宙の旅』が第6位(前回のランキングは評論家が6位、映画監督が2位で、ほかのランキングは こちら )にランクインしました。他のキューブリック作品では『バリー・リンドン』が45位、『シャイニング』が88位となっています。  このBFIのランキング、映画監督など映画(製作)関係者、批評家のチョイスですので、一般のユーザー(視聴者)評価とはかなり乖離があります。英国映画協会主催ですし、一般層(映画ファン)に人気のいわゆるアメリカ産ハリウッド映画は選ばれない傾向があります。ですので、このランキングで「名作度」や「傑作度」を語るのは無意味だし、これらを全部観ていることが「映画通」ということでもないでしょう。「へえ、プロが選ぶとこうなるのか、なるほどね」という程度の認識で良いと思います。  そんなランキングですが1位は・・・全く存じ上げませんでした。どうして1975年公開のこの作品が急に評価されたのか経緯は知らないのですが、何か再評価の機会があったのでしょう。突発的にこういう作品が再評価されるのがこのランキングの特徴です。とにかく映画のプロが選ぶ作品として、キューブリック作品が3作品も選ばれているという事実は、もうこれは「映画史的にある程度キューブリックの評価は固まったもの」として考えて良いのではないかと思います。またそれは、何度も繰り返し選ばれている作品群(『めまい』『市民ケーン』『東京物語』など)にも同様のことが言えるのではないでしょうか。 追記:上記は批評家による順位で、映画監督によるランキングは以下の通り。『2001年宇宙の旅』が1位に輝いたそうです。 1位:『2001年宇宙の旅』(1968) 2...

【関連記事】マルコム・マクダウェルが『時計じかけのオレンジ』で主演したがっていたミック・ジャガーとビートルズについて語る

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 〈前略〉  『時計じかけのオレンジ』公開50周年を迎えたゲストのマルコム・マクダウェルは、ミック・ジャガーがこの映画に出演したかったことや、ポール・マッカートニーがマクダウェルの別の作品『レイジング・ムーン』の音楽を担当しそうになったことなどを語りました。 〈中略〉  マクダウェルは、ジャガーと映画とのつながりや、シンガーが 『時計じかけのオレンジ 』の主演を望んでいたことについて、次のように話しています。「俺たちは昔、友達だった。ニューヨークでつるんでいたんだ。当時はアンディ・ウォーホルとかの〈ダチ仲間〉だったんだ。ある晩、セントラルパークの東側にある誰かのアパートでたむろしていたんだ。ジャガーが『時計じかけのオレンジ』でアレックスを演じたいというので、窓際の席に座って話していたんだ。キューブリックがこの作品を手に入れる前に、ミック・ジャガーとストーンズが(『時計…』を)やりたがっていたんだ!」。すごい、それは見てみたい!  その晩、マクダウェルはイタリアの聴衆に他の2つのことを話した。「ミック・ジャガーは私にこう言ったんだ、マルコム、50歳でこれをやるなんて考えられない!」マクダウェルはストーンズのリードボーカルの動きを真似て言った。「50? それで、今、彼らはどうなっているんだ?80? ファンタスティック!」。その夜、セントラルパークの暗い空間を見て、ミック・ジャガーはジョン・レノンが住んでいたダコタ・ビルの方を指さした、とマクダウェルは回想している。「そして彼は私に『王様はあそこに住んでいる』と言ったんだ。その瞬間、もちろん彼らはジョンが何であるかを知り、彼が王であることを知った。『それでおしまいだ』とね」。  ビートルズと同じくリバプールで育ったこの俳優も、グループとの付き合いは長い。まだシルバー・ビートルズと呼ばれ、カバーばかり歌っていた頃の彼らのステージを、地元で何度も見たことがあるのだ。「ガールフレンドに連れられて見に行ったんだ。私は、人前で話す人があんなに下品な言葉を使うのを聞いたことがなかったので驚いた。でも、何度も何度も足を運んだ。もちろん、彼らはレノンとマッカートニーという、当時のモーツァルトだ。そして彼らの音楽は、今も発売当時と同じように人気がある」。マクダウェルの息子の一人であるシンガー、ベケット・マクダウェルが演奏したビートル...

【関連動画】宇宙飛行士がベルクロの靴を履いて宇宙ステーションを歩く『2001年宇宙の旅』のワンシーンを再現

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  国際宇宙ステーション司令官サマンサ・クリストフォレッティは、映画『2001年宇宙の旅』の象徴的なシーンを再現したコスプレで、ベルクロの靴を履いて登場しました。 (引用:動画説明文)  『2001年宇宙の旅』の製作・公開時にはアポロ計画が進行中であり、そのアポロ宇宙船も、月着陸船も、内部は狭くてただ座っていることぐらいしかできなかったため、人間が無重力空間でどういう動きをするのか、また、どういう動作が効率的なのはわかっていませんでした。  それがわかるのは1970年代に始まったアポロ残債消化計画(と言ったら言い過ぎ?)の「スカイラブ計画」からで、サターンロケットの胴体部分を宇宙ステーション(実際は巨大な人工衛星)に流用、その広い内部で活動する宇宙飛行士の姿が撮影されてからでした。  以上のような経緯から、『2001年…』で予想されていた無重力空間においてベロクロ(グリップシューズ)を使った徒歩によるによる移動より、単に空間を泳ぐ(壁などを蹴って浮遊する)方が効率的とわかり、この動画でも最後の方でその方法で移動しています。つまり「キューブリックやスタッフ、関係者は未来予測を間違ってしまった」んですね。  『2001年…』は未来予測の正確さもよく話題に登りますが実際は間違いも多くあり、あまり過剰に賛美するのは危険だと思います。ですが、このように現役の宇宙飛行士が時間とお金をかけ、わざわざ映画のワンシーンを再現してくれるほどのリスペクトを集めているという点において、たとえ間違いがあったとしても、やはり「偉大な作品」という評価は揺るぎないと思いますね。

【関連記事】キューブリック版『シャイニング』に対するスティーブン・キングの言い分

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Stephen King(wikipedia) 〈前略〉 デッドライン:『シャイニング』は大好きな本の1つでした。初めてキューブリックの映画を見たとき、本を読みながら想像していたものと違うなと感じたのを覚えています。でも、何年も何度も見ているうちに、あの映画の壮大な映像の素晴らしさがわかってきて、だんだん好きになっていったんです。当初は、あまり感動していなかったんですね。キューブリック監督は非常に偏屈な監督で、作家と共同作業をするようなタイプには見えませんが、このことはあなたの記憶にどのように残っているのでしょうか? スティーブン・キング:スタンリーと事前に電話で話したのですが、彼が本の中に自分の方法を見つけようと、手を伸ばしているのが感じられたのを覚えています。幽霊がいるならば、死後の世界がある、私たちはただ死ぬだけでなく、前に進むのだという前提があるということですから。そして私は、「キューブリックさん、地獄はどうなんですか?」と言ったんです。向こうで長い沈黙があり、彼はとても硬い声でこう言いました。「私は地獄を信じない」。でも、もし幽霊がいるとしたら、彼らは悪者にされるのと同じくらい、「光の中に入ってくる 」可能性が高いと私は思います。パトリック・スウェイジ主演の映画『ゴースト/ニューヨークの幻』を覚えていますか? デッドライン:はい、もちろんです。 スティーブン・キング:そこでは幽霊は本当は私たちの味方なんだけど、死ぬという体験が彼らを狂わせたのと同じようなものなんだ、という感じがしました。とにかく、『シャイニング』は美しい映画だと思うし、見た目も素晴らしいし、前にも言ったように、エンジンの入っていない大きくて美しいキャデラックのようなものです。そういう意味で、公開当時、多くの批評はあまり好意的ではなく、私もその一人でした。当時は黙っていましたが、あまり気に入ってなかったんです。 デッドライン:今はどうですか? スティーブン・キング:あの映画では、ジャック・トランスというキャラクターには何の文脈もありませんので、私も同じように感じています。全く文脈を描いていない。ジャック・ニコルソンを初めて見たとき、彼はホテルの支配人であるアルマン氏のオフィスにいたんですが、そのとき彼はネズミのように狂っていたんです。彼はますますおかしくなっていくんです。本の中では、彼は自分...

【関連記事】「私は彼を映画人として尊敬しています」『フルメタル・ジャケット』のマシュー・モディーン、キューブリックを語る

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Matthew Modine(IMDb)  〈前略〉 —スタンリー・キューブリック監督と『フルメタル・ジャケット』を製作することは、どのようなことだったのでしょうか?  私は彼を映画人として尊敬しています。そして、一人の男性として、父親として、夫として、彼を知ることになったのです。彼はおそらく、私がこれまで一緒に仕事をした中で最も自立した映画人だったと思います。彼は20ヵ月間働き続けても経済的に存続できる方法を考え出したのです。彼がしたことは探求し、実験することができる環境を作ることでした。彼はよく「何テイクやったのか?と聞かれるのが滑稽だ」と言っていました。彼はこう言いました。「モーツァルトに『ヴォルフガング、あなたのコンチェルトにはいくつの音があるのか?』と言われるのを想像してみてくれ。あるいはピカソに『あの絵は何画なんだ?』と。それはとても失礼なことで、誰が気にするんだ? 結果にこそ興味があるはずだろう?」 —『フルメタル・ジャケット』は、あなたが最も誇りに思っている映画ですか?  誰も見たことのないような子供たちも、私は大好きなんだと思います。アラン・パーカー監督の『バーディ』は大好きです。あれは役者として並外れた経験でした。また、『アラバマ物語』を1962年に映画化したプロデューサー、アラン・パクラとは、アルバート・フィニー主演の『オーファンズ』という映画で一緒に仕事をしたことがあります。私は彼との仕事がとても好きで、マイク・フィギス監督の『明日にむかって…』に出演したのは、純粋に彼ともう一度仕事をしたかったからです。彼は本当に生きる喜びを持っていて、いざ仕事をしようとするととても集中し、準備をしていて、これまで一緒に仕事をしたどの俳優とも違うのです。おそらく次に比べるなら、もう一人の紳士である『運命の瞬間/そしてエイズは蔓延した』で一緒に仕事をしたイアン・マッケランでしょう。 〈以下略〉 (引用元: The Guardian/2022年11月13日 )  マシュー・モディーンはキューブリックに対して、いつも肯定的な発言ばかりではありませんでした。ギリギリまで判断を先送りしテイクを際限なく繰り返すキューブリックのやり方、特に拘束時間の長さにはかなり苛立ちを感じていたようです。インタビューにある「一人の男性として、父親として、夫として」とは、『フルメ...

【考察・検証】キューブリックが多テイクなのは、ルック社カメラマン時代にルーツがあるのでは?という考察

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1949年、ルック社カメラマン時代のキューブリック。 Stanley Kubrick(wikipedia)   キューブリックが映画監督になる以前は報道カメラマン(正確には写真誌カメラマン)だったのは有名な話です。当然ですが使用するカメラはムービーカメラではなくスチールカメラで、主にローライフレックス(詳しくは こちら )を好んで使っていて、写真集『Through a Different Lens: Stanley Kubrick Photographs』(詳しくは こちら )に掲載されている正方形の写真は、ほぼローライで撮影されてものと考えて良いでしょう。  スチールカメラマンが被写体を撮影する際、それがヤラセであれ、ドキュメントであれ、ワンカットしか撮影しないということはありません。必ず複数テイク撮影します。理由は「その瞬間」のベストを求めてということもありますが、絞りを変えてみたり、ライティングやアングル、レンズやフィルターを変えてみたりと技術的な問題もあるからです。キューブリックはルック社時代に「ブツ撮り」もしていますが、どんな簡単な撮影でも露出を変えて数カットは撮影しています。  もちろんキューブリックの存命時はデジカメはありませんので、写真の仕上がりはフィルムの現像が終わり、ベタ焼き(フィルムを大きな印画紙に並べて現像すること。現在で言うところのサムネール)を見るまでは判断できません。この段階になって複数のテイクの中からベストのテイクを選び、ネガを印画紙に大きく焼き付けて、そのプリントを印刷に回すというのが写真誌制作のプロセスになります。  以上のように、キューブリックにとって撮影とは「数多くテイクを撮ってベストのカットをチョイスする」というのは「当たり前の行為」だったのです。ところが映画を撮り始めた当初はテイク数は多くありませんでした。キューブリックは「最初の頃は映画界の古い慣習に従うしかなかった」という旨の発言をしていますがそれだけではなく、予算も時間も限られる中、スチール写真のように「複数テイクを撮ってベストのカットをチョイスする」という行為が現実的に、立場的に難しかったのだと思います。  それが変化するのは『ロリータ』の頃からです。『スパルタカス』で業界内で一定の地位を確保し、それまでの借金生活(パートナーのハリスにお金を借りて生活してい...

【ブログ記事】ダイソーのプチブロック3キットで『2001年宇宙の旅』のスペースポッドとHAL9000を作ってみた

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 以前 こちら の記事でプチブロックで『シャイニング』の双子の少女を作った記事を書きましたが、今回はその第二弾です。そしてなんと『2001年宇宙の旅』のスペースポッドとHAL9000の2作品。300円(税別)で2作品ですからコスパはいいですね。では早速レシピをご紹介。 【準備するもの】 「宇宙飛行士」 ・ほぼ全てのブロックを使用。 「パンダ」 ・笹の緑のブロック以外のほぼ全てのブロックを使用。 「新幹線シリーズ~N700系先頭車両」 ・ほぼ全てのブロックを使用。 【作り方】  以下の画像をご参照ください。スペースポッドは透明黒のパーツを使ってポッドの窓の凹部分を表現しました。操縦席はジョイントパーツで表現しました。ライトは透明クリアを、HALの目は透明赤を使っています。  HALは本体の裏側がパーツの都合でガタガタになってしまったので、余り物の白のブロックを有効活用して囲み込んで、ディスカバリー号の壁面を表現しました。  ディテールの作り込みは上記の画像を参考に、それぞれのアイデアでトライしてみてください。別途赤や黄色のパーツを用意してボーマンを操縦席に乗せたり、プールをポッドのアームに乗せたりと(笑、自由な発想でお楽しみください。 2025年9月15日追記:使用したプチブロックは店頭販売終了している場合があります。ご了承ください。

【関連記事】スタンリー・キューブリックがすべてのシーンで30回以上のテイクを重ねた理由はこれだ

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撮影中に俳優と話し合いながらシーンを決めていくキューブリック。 Stanley Kubrick(IMDb)  スタンリー・キューブリック監督の狂気の沙汰には、何か意図があるのだろうか?  スタンリー・キューブリックは完璧主義者だという噂が業界内で広まっていました。キューブリックに「自分は完璧主義者だと思うか」と問えば、おそらく彼はそのレッテルを拒否しながら嘲笑うでしょう。  キューブリックが求めていたのは、1つのシーンの完璧さのために何度も撮影することではありませんでした。それは、彼の監督としての手法でしかありません。俳優の演技を引き出すために何度も何度もテイクを重ねる監督の話を聞いたことがありますが、キューブリックの手法は本質的にそれです。 〈中略〉  キューブリック監督が何度もテイクを重ねるのも、あるシーンから何を得たいかを見出した結果です。漠然としたイメージはあっても、テイクを重ねることで、ストーリーやカメラワーク、俳優の演技に肉付けがされることをキューブリックは見出していました。  キューブリック監督は、自分が何を伝えたいかを追求する一方、何がベストかを考える監督ではなく、キャストとスタッフが協力してシーンを成立させることを望んでいました。キューブリック監督は、俳優たちに選択肢を与えず演技を発展させるよう促しましたが、自分が何を望んでいるかを明示することはありませんでした。なぜなら、彼は俳優やスタッフの技術を形成する方法を知っているとは思っていなかったからです。  何度も撮影することは、キューブリックが 「完璧なショット 」にこだわる残酷な監督であることを意味するものではありません。むしろ彼は、最初の数ショットでは存在しなかったような、成熟して非凡なものに発展するようなテーマやアイデアを構築したかったのです。  監督は、シーンを何度も撮影することで、最初は気乗りしなかった俳優から多くのことを引き出すことができます。俳優にとって、ほとんど指示なしにテイクを重ねるのはフラストレーションがたまるものですが、その中で自然にセンスが働くような感覚やエネルギーを見つけることなのです。  もし、プロジェクトでうまくいかないシーンがあったら、怖がらずに、自分が正しいと感じるまで何度もテイクを試してみてください。そうすれば、あなたのストーリーに必要なエネルギーや、キャストの演...

【パロディ】米アニメ『シンプソンズ』に登場したキューブリック作品のパロディをまとめた動画

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  米アニメ『シンプソンズ』にはキューブリック作品のパロディが多数(もちろんそれ以外のパロディや時事ネタも)登場するのですが、あまりにも多いので個別に紹介するのはやめてしまいました。するとやはり同じように思う方もいるようで、親切にキューブリック・パロだけ集めた動画がYouTubeにアップされていました。ですのでちょっと安直ですが、そのまとめ動画をご紹介します。  動画タイトルにもあるように、シーズン1~30までの間に散らばっていますので、こうしてまとまって視聴できると非常に助かります。登場エピソードは字幕にありますので、後追いで視聴するのに便利ですね。最後にはご本人も登場します。ぜひ楽しんでください。

【パロディ】『チャイルド・プレイ』のチャッキーが『時計じかけのオレンジ』のルドヴィコ療法の餌食に

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   『チャイルド・プレイ』が『チャッキー』と題されTVシリーズ化されたそうなのですが、第2シーズンの第3話でチャッキーが『時計じかけのオレンジ』のルドヴィコ療法の餌食に。見させらている映画はよく観かける例のアレなものばかりです(笑。ちょっと面白いですけど・・・きったねーな。  第一シーズンはHuluで配信されたそうなのですが、この第二シーズンもそのうち配信されるでしょう。何がどうなってどうしてこうなってしまったのか・・・それは配信で確認ですね。

【ブログ記事】題名『時計じかけのオレンジ(A Clockwork Orange)』解説。タイトルにある「Clockwork」とは「時計じかけ」ではなく「機械じかけ」「ゼンマイじかけ」という意味

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劇場公開時のパンフレットにははっきりと「メカニックな悪夢の世界」と書かれている。これなら間違いようがない  昨今、『時計じかけのオレンジ(A Clockwork Orange)』を観て「なんだ、時計なんて出てこないじゃないか!」「タイトルが意味不明」という感想をよく目にします。これは「時計じかけ」の「時計」という言葉に引っかかってしまっているからで、英単語の「Clockwork 」とは「機械じかけ」「ゼンマイじかけ」という意味です。ですので『時計じかけのオレンジ』は正確を期すなら『機械じかけのオレンジ』と訳すべきです。 英語圏における「Clockwork 」の一般的なイメージ。(画像引用: pixabay )  もちろん1971年の公開当時は「時計じかけ」と表記しても、世の中は機械じかけの時計(アナログ時計)ばかりだったので「時計じかけ=機械じかけ」と理解しやすかったのですが、公開から50年を経た現在、ほとんどの時計はデジタルなので、今の世代、特にデジタルネイティブであるZ世代にはピンと来ないのかも知れません。  では「機械じかけのオレンジ」とはどういう意味かというと、機械でできた有機体(オレンジ)、つまり「機械化された人間」という意味で、これは物語後半でルドヴィコ療法で機械人間にされたアレックスの状態を指しています。ちなみに原作小説では小説家が家のタイプライターで書いていた小説のタイトルが『時計じかけのオレンジ』という設定で、押し入ったアレックスが面白半分にそれを読み、ビリビリに破くというシーンがあります。また、ルドヴィコ療法後のステージ試験のシーンでアレックスが「まるで俺は時計じかけのオレンジみたいじゃないか!」と叫ぶシーンがあります。キューブリックはどちらのシーンも採用しませんでしたが、その理由は「映像で表現すれば説明しなくてもわかるだろう」ということだと思います。(『時計じかけのオレンジ」という言葉はコックニー(ロンドンの下町言葉)が由来という説は正しくありません。詳細は こちら )  このように、小説では文章によって「時計じかけ(機械じかけ)」の意味や意図がふんだんに示唆されているのですが、映画では省略されています。キューブリックはセリフや言葉で意図や意味を説明するのを嫌い、映像や役者の演技・表情、編集で表現するのを好む監督ですので、視聴する側にある程度の...

【ブログ記事】ダイソーのプチブロック4キットで『シャイニング』の双子の少女を作ってみた

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以前描いたイラストをプリントアウトして、それを背景に撮影してみました 使用する4キット。ダイソーで各100円(税別)で入手できます  ダイソーのプチブロック4キット(合計400円)で、『シャイニング』の双子の少女を作ってみたのでシェアしたいと思います。お時間がある時にでもぜひ挑戦してみてください。 【準備するもの】 「チョウチンアンコウ」 ・ジョイント以外の茶色を全て使用、黒丸、白丸を使用 「ブラキオサウルス」 ・ジョイント以外の薄水色とアイボリーを使用、黒丸を使用 「ちびっこ人間コレクション~男性車掌&女性車掌」 ・肌色とライトピンクと白色と黒色を使用 「ちびっこ人間コレクション~警察官&女性警察官」 ・肌色と薄水色と黒色を使用 ※「ブラキオサウルス」のアイボリーと「ちびっこ人間コレクション~男性車掌&女性車掌」の白色は厳密には違う色ですが、同じ色として扱います。色の違いが目立たないように使う場所を工夫してください。 【作り方】 (1)「警察官&女性警察官」の肌色の1×2、4×4(生足になります)、黒色の2×3(靴になります)、「ブラキオサウルス」のアイボリーの1×2、2×2、1×1、L字型、「男性車掌&女性車掌」1×2(ソックスになります)を使って足を4本作ります。 (2)「ブラキオサウルス」「警察官&女性警察官」の薄水色、「ブラキオサウルス」のアイボリー、「男性車掌&女性車掌」のライトピンクを使ってワンピースとリボンを2体つくります。 (3)「ブラキオサウルス」「警察官&女性警察官」の薄水色、「男性車掌&女性車掌」「警察官&女性警察官」の肌色、「男性車掌&女性車掌」の白色(袖のフリルになります)を使って腕を二組作ります。 (4)「男性車掌&女性車掌」「警察官&女性警察官」の肌色、「チョウチンアンコウ」「ブラキオサウルス」黒丸(目になります)を使って顔を2つ作ります。 (5)「チョウチンアンコウ」の茶色と白丸(髪留めになります)を使って髪の毛を2つ作ります。 (6)(1)~(5)を合体させて完成です。  以上ですが、詳細は以下の画像を参考にしてください。また、髪型はブロックの都合で左右全く同じにはできないのであえて変えています。写真を見ると左側(長女)の少女の髪の方がボリューム感があるのでそれを再現しています。また、予備パーツも使っていますのでブロックの内容が微...

【ブログ記事】キューブリックの義理の伯父、ナチスの反ユダヤ主義プロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』を監督したファイト・ハーランについて

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Veit Harlan(IMDb)   キューブリックの義理の伯父(妻クリスティアーヌの伯父)のファイト・ハーランはナチス政権下のドイツで、反ユダヤ主義のプロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』(1940)『コルベルク』(1945)の監督を務めました。ハーランは1922年にユダヤ人女優でキャバレー歌手のドラ・ガーソンと結婚し、1924年に離婚しています(ガーソンは後に家族とともにアウシュヴィッツで殺害された)。つまりハーランは当初、反ユダヤ主義者ではなかったのです。  1933年、ヒトラー政権が始まるとハーランはゲッベルスによってプロパガンダ監督に任命されます。理由は他の優秀な監督がドイツから逃げ出しからだと言われています。そして1940年、ハーランは悪名高き反ユダヤ主義プロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』を監督します。  『ユダヤ人ジュース』の監督ファイト・ハーランは戦後 、この映画との関わりを否定しようと全力を尽くした。ゲッベルスはもともと、ペーター・パウル・ブラウアーに監督を任せていたが、一九三九年末に心変わりして、ハーランを起用した。もとの脚本がハーランではなく、ルートヴィヒ・メッツガーとエーバーハルト・ヴォルフガング・メラーの作品だということも事実である。そして、ハーランは圧力をかけられていたのかもしれない。ハーランはのちに、ヒトラーは『ユダヤ人ジュース』制作を厳命し、ゲッベルスは承諾しなければダハウに送ると脅したと主張しているが、これを証明するものはない。ゲッベルスの日記には、ハーランは協力的だと書かれている。たとえば、ゲッベルスはもとの脚本に納得していなかったが、ハーランには「たくさんの思いつき」があり、「脚本を手直し」しようとしている、ハーランによる改変は「大仰だ」と記している。すでに存在していた脚本の反ユダヤ主義を緩和したという戦後の主張に反して、彼はそれを強化している。メッツガーとメラーによるもとの脚本とハーラン版を比較すれば明らかである。 (全文はリンク先へ: じんぶん堂 「人種主義」なナチ映画の起源『ヒトラーと映画 総統の秘められた情熱』/2020年6月18日 )  以上の引用によると、ハーランは積極的にこの映画に関与し、反ユダヤ主義色を強めることさえしています。その本心は推し量るしかありませんが、自身が過去にユダヤ人と結婚していた事実が...

【関連記事】「グリーンマイル」「シャイニング」「キャリー」スティーブン・キング作品の映像化の裏側は?

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  テキサス州オースティンで開催されたファンタスティック映画祭(9月22日~29日)に、興味深いドキュメンタリー映画が出品された。タイトルは「King on Screen(原題)」。テーマは“ホラーの帝王”スティーブン・キングの映像化作品だ。今回、監督を務めたダフネ・ベビールが単独インタビューに応じてくれた。(取材・文/細木信宏 Nobuhiro Hosoki) 〈中略〉  キングは、自身の原作を基にした映画「シャイニング」(スタンリー・キューブリック監督)を毛嫌いしていた。その理由のひとつは、キングにとって、原作小説がとても個人的な作品だったから。キング作品の読者も、ストーリーを変更したキューブリック監督の映画版に対して、公開当初、拒否反応を示していた。やがて、キング自身も不満をあらわにし、自らテレビのミニシリーズ「シャイニング」を手がけることになった。  「原作は、キングにとって(まるで)我が子のように感情的な絆を持った存在。彼は、フィルムメイカーの(思い通りの)脚色のために、映画化権を与えていました。映画版『シャイニング』が自由な解釈と方向性をとり、そこに満足できなかった事実を突きつけられたことで、キング自身の方法によって、作品を修復したかったのだと思います。キングの作品が成功していなかった時代について、『King on Screen(原題)』で語っているパートを見てみると、キングの視点がわかるはず。テレビ版「シャイニング」を脚色することができたのは、自らの原作に近いから。キングの脚色では、主人公ジャック・トランス(映画版ではジャック・ニコルソンが演じた役)が正気を失っていくさまを、視聴者が完全に感じ取ることができると思います。キャラクターの進化(=変化)を探求する時間があるため、ミニシリーズで描いた点も良かったと思います」 〈以下略〉 (引用元: 映画.com/2022年10月4日 )  スティーブン・キングはジャック・ニコルソンのキャスティングに際して「彼だと最初から狂っているように見える」と批判し、自身が監修を務めたTVドラマ版ではスティーブン・ウェバーをキャスティングしました。ですが、キングの言葉を引用するなら「彼だと最後までいい人に見えてしまう」という結果になってしまいました。つまり「いい人が狂った演技をしているだけにしか見えない」ということ...

【関連記事】キューブリックは『スパルタカス』の「私がスパルタカスだ!」のシーンを「バカなアイデアだ」と酷評した

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 〈前略〉  スパルタカスを演じた俳優カーク・ダグラスは、その3年前にキューブリック監督の『突撃』に主演し、『スパルタカス』の監督としてキューブリックを起用したのだが、100歳の誕生日を迎えた2016年のインタビューで、監督との仕事の経験を語っている。有名な「私がスパルタカスだ!」というシーンを撮影するとき、ダグラスはキューブリックにどう思うかと尋ね、キューブリックは「バカなアイデアだ」と答え、それをキャストとスタッフが耳打ちしたそうだ。ダグラスがキューブリック監督を説得して撮影にこぎつけたのは、執拗な口論(そしてダグラスの妻が勧めたキューブリックとのセラピー)の末のことであった。  結局、キューブリックが『スパルタカス』に不満を抱いたのは、「私がスパルタカスだ!」という瞬間だけではなく、主人公を完璧な道徳的人物として描いた脚本や、彼がコントロールできなかった製作の様々な要素もあり、そのすべてが『スパルタカス』を彼がこれまでに作った最悪の映画と評するに至ったのである。  「私がスパルタカスだ!」のシーンの撮影は、カーク・ダグラスとスタンリー・キューブリックの共同作業の歴史の中の一つの衝突に過ぎない。ダグラスはキューブリックを『スパルタカス』に雇い入れただけでなく、監督の前作『現金に体を張れ』を見た後、1957年の『突撃』にキューブリックを起用(注:これは正しくなく、キューブリックが立ち上げた企画の主役にとダグラスへオファーをした)したのだ。キューブリックは、主人公と悪役が仲直りする商業的な、論争の余地のない結末を好み、ダグラスは、部下の将校を死刑から救おうとする英雄的な大佐として、自分のキャラクターを前面に出した物語を好んだ。  『スパルタカス』の製作中、二人の争いは喧嘩腰にさえなった。ダグラス自身の証言によると、映画の最後に十字架に磔にされたスパルタカスのクローズアップを削除しようとしたキューブリック監督に激怒し、逃げようとする監督に向かって折りたたみ椅子を投げつけ、「くそったれ、キューブリック出て行け!」と怒鳴ったというのである。  『スパルタカス』製作中の確執で、その後一緒に仕事をすることはなかったものの、ダグラスはキューブリックとのコラボレーションを前向きに捉えているようで、「気難しい?キューブリックはその言葉を発明したんだ・・・。でも、彼は才能があ...

【ブログ記事】NHK『映像の世紀~バタフライエフェクト~映像プロパガンダ戦 嘘と嘘の激突』で紹介されたプロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』とキューブリックとの「接点」

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 2022年9月5日22時からOAされた『映像の世紀~バタフライエフェクト~映像プロパガンダ戦 嘘と嘘の激突』に、ナチス・ドイツが製作したある映画がごく一部ですが紹介されました。それはユダヤ人を悪役に仕立て上げた悪名高きプロパガンダ映画『ユダヤ人ジュース』です。監督はファイト・ハーラン。そのハーランの姪はクリスティアーヌ・スザンヌ・ハーラン。つまりキューブリック三番目の妻、クリスティアーヌ・キューブリックです。キューブリックはファイト・ハーランに会ったことがあるそうですが、その際に「あの時は従うしかなかった」と語ったそうです。もちろんそれが本心であるかどうかは知ることはできませんが、キューブリックはユダヤ人。本音を言うはずはないでしょう。  今回の『映像の世紀~バタフライエフェクト』にはキューブリックが影響を受けたセルゲイ・エイゼンシュテインも登場しています。番組では「モンタージュ」と呼ばれていますが、わかりやすく言えば編集テクニックのことです。キューブリックは「編集は映画製作の唯一のユニークな局面」「編集に先立つ全てのことは編集用のフィルムを作り出す作業でしかない」と語るほど編集の重要性(と編集作業がいかに大好きか)を語っています。その理由はこの番組でも取り上げられています。つまり編集によってその映像の主旨をいかようにでも捻じ曲げることができるからです。  番組は再放送やNHK ONEのアーカイブなどで視聴できる可能性があります。興味のある方はその機会にぜひ。

【関連記事】1980年12月14日、『シャイニング』公開直後のシェリー・デュバルのインタビュー(抜粋)

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The Shining(IMDb) 〈前略〉  キューブリックとの仕事はどうだった?と私は尋ねた。「ほとんど耐えられないくらい」と彼女はあっけらかんと言った。「でも、他の見方をすれば、本当にとても素晴らしいことだと思います」。 〈中略〉 「キューブリックと一緒に仕事をするチャンスが来たんです」彼女は紅茶を一口飲んだ。「毎日毎日、耐えがたい仕事をこなす。ほとんど耐えられないくらいにね。ジャック・ニコルソンの役は、常にクレイジーで怒っていなければならなかった。私の役は1日12時間、1日中、最後の9カ月間はずっと、週に5日か6日、泣き続けなければなりませんでした。1年1ヶ月間そこにいましたが、プライマル・スクリーム療法には何か意味があるのでしょう、1日が終わって12時間泣いた後、私はとても満足して家に帰りました。とても落ち着いた気持ちになることができました。日中の私は、絶対に惨めだったでしょう」。 〈以下略〉 (引用: Roger Ebert.com:Interview with Shelley Duvall/1980年12月14日 )  シェリー・デュバルにとって『シャイニング』の撮影は非常に苦労が多かったのは事実で、このインタビューでも「ほとんど耐えられないくらい」と語っています。しかし同時に「とても素晴らしいこと」と発言しており、これは他のインタビュー(例えばドニュメンタリー『ライフ・イン・ピクチャー』)でも同様です。  このインタビューで『シャイニング』に触れたのは抜粋した部分のみですが、『シャイニング』の後、テリー・ギリアムの『バンデッドQ』の撮影に参加しあやうく大怪我をしそうになったり、『ポパイ』のオリーブ役は肉体的な試練だったと語ったりしています。その後もシェリーは映画界・TV業界で活躍し続けたのですから、彼女にとって『シャイニング』への出演は「大変だったけど(キャリアアップできたことについては)素晴らしいこと」だったというのが本音でしょう。  そして、シェリーは「本当は科学者になりたかった」と語っています。パーティーでロバート・アルトマンに見出され、ためらいながらも女優としてのキャリアをスタートさせるのですが、彼女は本来とても明るいキャラクターでした。つまり演じたウェンディ・トランスの性格とは真逆だったのです。そうであるがために、シェリーがウェンディ役にコ...

【オマージュ】とっても『シャイニング』なMUSEの『YOU MAKE ME FEEL LIKE IT'S HALLOWEEN』のMV

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 イギリスの国民的バンドMUSE(ミューズ)の新曲『YOU MAKE ME FEEL LIKE IT'S HALLOWEEN』のMVがとっても『シャイニング』(その他のホラー映画要素も)だったのでご紹介。  ミューズは過去にも 『博士の異常な愛情』 『2001年宇宙の旅』 『フルメタル・ジャケット』 をMVで引用していますが、ついに『シャイニング』にも手を出しましたか。こうなったらキューブリック作品コンプリートを目指して欲しいですね。  曲調はとっても1980年代風でどこか懐かしい感じ。嫌いじゃないんですが、リアルタイムな私としてはとってもムズムズしてしまうのですが・・・まあそれはあえて触れないでおきます(笑。

【関連記事】2022年8月19日に逝去したキューブリックのアシスタント、レオン・ヴィタリを2008年シネマトゥデイに掲載されたインタビューで偲ぶ

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Leon Vitali(wikipedia)  2022年8月19日(現地時間)、レオン・ヴィタリがロサンゼルスで逝去いたしました。享年74歳でした。キューブリックのアシスタント兼俳優として、またキューブリックの死後はキューブリック作品のオブザーバーやスポークスマンとして果たしたその役割は、非常に大きいものがありました。以下は2008年3月17日にシネマトゥデイに掲載された、(私が知る限り)唯一の日本のメディアによるレオンのインタビュー記事です。そのポイントとなる部分だけ引用して解説してみたいと思います。 スタンリーは、撮影前に僕を呼んで座らせ「これからストーリーを大幅に変更し、君が出演するシーンをもっと書き加えるから、クランク・アップまで居ることになる」と言ったんだ。当時26歳だったわたしにとって、とんでもない出来事だったよ。本当に素晴らしことだった。  『バリー・リンドン』は、小説よりもレオンが演じたブリンドン卿が果たす役割が大きくなりました。なぜそうなったかの考察は こちら 。 スタンリーはセットに来る前は、決してこれからどうやってシーン撮るか決めていなかったんだ。だからいつでもレンズを変えられるようにしていたよ。最初は35ミリから始めて、俳優たちに「このシーンで何をすべきか演じてみなさい、ただリアルじゃなきゃ駄目だ。その演技によって、どうやってわたしがシーンを撮るか決めるから」と言ってくる。当然、自分が思い付いた発想を順番に演じてみて、その間スタンリーは、カメラの回りを動き回って、レンズを変えたりしている。そして最後に「これがこのシーンのファースト・ショットだ」と言ってくるんだよ。でも、撮り始めたシーンに俳優たちが何か気に入らなかったり、うまくいかなかったりすると「このシーンに問題があるみたいだが、ほかの言い方もできるかい?」と問いかけてくる。俳優たちが難色を示したときには、俳優たちとともにシーンを考えるんだ。  当ブログでも何度も繰り返して説明している「キューブリックは俳優やスタッフとのコラボレーションでシーンを作る」のレオンの証言です。キューブリックはトップダウンではなく、コラボレーションを好みました。ただ、キューブリックのOKラインが非常に高かったので、そのコラボレーションは苦労が多いものになりがちでした。なぜなら延々と「ああでもない、こうでもない」を...